―――ひとは自分の運命を非難して、責任を免れるつもりでいる―――――――

             ―――つまり、いつも運命の女神がいけないことになる。―――――――

                                                『寓話』 【ラ・フォンテーヌ】










 * * *





「うぉーあったけぇ、このカボチャしちゅー」

「ここの主人 特製のカボチャだ。外に出たらコレに限る」

「うわっ、何か公倍数が庶民的になってる!!」

「…何か悪いか」


ぶすっ、とされてしまった。

だってやっぱ、仕事の関係上、僕達が和むことなんて少ないもんねー。

ここは木の色が温かみを演出する、一般の宿屋。

任務期間中、お世話になる所。

さすが雪国の建物というべきか、防寒設備は完璧。

一歩外に出れば地獄だが、ここは天国のよう。


「片付けは自分でしろよ」

「へーい」


皿を舐めてまで全部 シチューを食べる。

行儀? 何それ、おいしいの?

無駄なく栄養を補給しなければ、やっていけない。

あっという間に平らげて、せっせと皿を台所へ。

廊下に出た突き当たりある。所謂、共同って奴。

蛇口を回せばお湯が出た。こんな地域だから、お湯でなければ凍っちゃうのか。

他にも、あちこち暖房設備が充実している。

だが どう考えてもこんな雪の村に、これだけを機能させる発電所等があるとは思えない。


「……これ、どっから電力とか供給してんのかなぁ」

「この国の中央にある城から、いくつかの分岐点を経て供給してんだよ」


僕のちょっとした呟きに、応えてくれた声。

恰幅のあるオバさんが、皆の洗った皿を回収しに来たようだ。

おぉ、何かブツかられたら僕なんて弾き飛ばされそう。

それにしても、血色の良い顔。羨ましー。

律儀にも、オバさんは説明を続けてくれた。


「技術だけは凄くてね。こんな雪国だけど、【核融合炉】があるのさ」

「へぇ!! 近年 生成に成功したっていう、新物質のおかげ?」

「そっ。炉を形成しているのは【ゼウス】って金属さ」

「【磁気閉じこめの技術】を躍進させたんだっけね」

「おかげで、前よりも電力供給が楽になったもんだよ」


なるほど、合点がいった。

今まではどの国も、主に原子力発電で電力を得ていた。

だが、いい加減に放射性廃棄物の処理の限界に達していたのだ。

新エネルギーとして皆が研究したのが、この核融合によるエネルギー供給。

太陽で起こっているのが、この核融合という現象。

そう 地上において、太陽を作り出すようなものだった。

得られるエネルギーは、つまり太陽のエネルギーと等しい。

この雪国では、重宝する技術だろう。


「そういえば、あんたと同室の子もそうだけどさ…」

「ん? 何ですか?」

「こんな雪国への居住を考えるなんて、どうかしてないかい?」


あっ、そうそう。そんな【設定】だったっけ。

公倍数から聞かされていた、僕達がここの宿に長期間滞在する理由。


都会の生活に疲れ、癒やしを求めて田舎の雪国に来た。


……うん、公倍数ってさぁ、言い訳のセンスがちょっとイマイチ。

いや、かといって、それなら僕はどんな言い訳を考えるかと言われれば。


(……オコジョを見に来た、とか?)


やはり、僕も言い訳は下手くそだった。


「あんた達、都会の子だろう? わざわざ田舎を選ぶにしても こんな過酷な国を…」

「いえ、過酷だからこそ良いんですよ奥さん!!

 自然の脅威を こんなにも間近で感じられるなんて、最高です!!」

「そうかい? …まぁ、変わった子がいるもんだねぇ」


そう言いながら、オバサンは慣れた手つきで積み上がった皿を持っていく。

その姿を見送り、僕はタタタッと部屋へ戻る。

ちょうどそこに、公倍数が皿を片付けようと出て来た。


「あっ、公倍数。今オバサンが皿を…」

「あぁ、彼女はここの女将さんで」

「皿を持っていく所を見れば分かるよ。――…いや、そうじゃなくて」

「何だ?」

「何か、やっぱり怪しまれてるっぽい。僕達」

「………」


あっ、まずい。公倍数が不機嫌になっていく。

ちょっとちょっと、僕に当たらないでくれよぉ?

だって、事実だし。


「第一、この国への居住を考えてるってさぁ。無理ない?」

「悪かったなぁ、長期滞在の言い訳が他に思いつかなかったんだ」


誰にも聞こえない程度の、ボソボソ声。

なぜかは知らないが、この宿には大勢の客がいる。

ほかにも、この村にある宿は ほぼ埋まっているらしい。

どこから そんなに人が沸いて出るのかなぁ。

しかし、とりあえず僕達の会話を聞かれるわけにはいかない。


「っていうか、この村にいる意味って?」

「後で詳しく話す。待ってろ」


僕の問いを残して、スタスタと皿を洗いに行く公倍数。

うーん、何だか妙な光景。

本部にいる時は、何でも誰かがしてくれたしねぇ。

そう言えば、皿を洗うだとか いつ以来してなかっただろう。


「それじゃぁ、説明する。一発で覚えろよ」

「へーい」

「…その巫山戯た返事も どうにかしろ」

「あーい」

「変わってねぇじゃねぇか!!」


誰にも聞こえないように、部屋にこもる。

それにしても、本気で怒るなって。公倍数。

周りから怪しまれている、ということでイライラが増したみたい。

そんなこと僕が知るかっての。


「……今回の標的は、この国の首都を拠点としている秘密組織。

 詳細は全く不明。だからどこがアジトだとか、一切分からない。

 それを探しあて、完膚なきまでに叩きのめす。それが今回の任務だ」


息を落ち着かせて、公倍数が説明を始める。

ん? ということは、僕達は首都にいるべきじゃないの?


「で、俺は一度 首都に行ってみたんだが、本当に情報が掴めない。

 仕方ないから 奴らを直接探すのを止めにしたのさ。

 それで、交通の結節点であるこの村に滞在することにした、ってわけ。」

「交通の結節点? この辺鄙な村がぁ?」


おいおい、そんな馬鹿な。信じられない。

どう考えたって、この村がそんな役割を果たせそうには見えない。

ゴウゴウ雪が吹き荒れ、足を取られるほどの雪が詰まっているのに。

素直に感想を述べた僕に対し、公倍数は鼻で笑う。


「来たばっかのお前には、そうにしか見えないだろうな。

 この村は、建物に入れば二度と外には出たくない環境をしている。

 それは村人にとっても、当然同じだ。

 ならば、どうやってあのシチューの材料を ここの主人は手に入れた?」


───―――あ、そういえば。

こんな国で野菜を育てるなんて、無理だよね。

だけどさっき食べたカボチャ。アレ美味しかったなぁ。

相当、上手く育ててある。

ここの土地で育てられたものとは、思えない。


「この村は、地上で一切 発達しちゃいない。

 地下に巨大な市場が形成されてんだよ。

 宿ばっかり林立してんのは、市場の利用者が泊まるからさ」


あっらー、いきなり疑問点が解決してしまった。

なるほど、だから妙に宿屋が多いのか……って、違う!!

地下に巨大市場!? え、何だよそれ、聞いてないって。


「俺も首都を離れてここに来るまで、信じられなかった。

 ここはある意味、首都よりも経済の発達した所。

 まだ雪の少ない隣国と、この国を繋ぐための場所なんだ。中継地点だよ」


何てこった。まさかそうやって成り立つ国があろうとは。

と、いうことはだ。


「ひゃっほーい!! 雪の中を這いずり回らなくて済むのかー!!」


両腕を伸ばして、喜んだ。

だってそうでしょ、あの極寒に飛び出さなくて済むとか最高。

それを覚悟して来たってのにさ、何だよ。最初からそれを教えて欲しかった。

それでは早速、その地下市場とやらに潜入────


「で、ここで問題が一つ」


ずるっ。 何だよ何だよ、まだ何かあんのぉ?


「市場に入るためには、何でも良いから【売れる物】が必要。

 手ぶらで入ることは禁止されてる。

 さらに、市場にいる間に、必ずその品物を売らなくてはならない。

 つまり俺達は何か、今 持っているものの中で売らなくてはならない」


えええ、何だよソレ。

どうしよう、持って来たものと言えば雪対策のものばかり。

そんなもの、この国の人が持っているのは当然。

売ろうとして売れるものは、特にない。


「だから、俺は本部に救援を要請したんだよ」


おもむろに、公倍数が立ち上がった。

そして向かった先は、僕の鞄。

ガサゴソと、彼はその中身を漁り出したのだ。


「えっ、え?」

「確かココに……お、あったあった」

「ちょッ、へ!? 何でそんなものが」

「ん?聞いてなかったか? お前はコレを運ぶためにココに来たんだぞ?」


公倍数が取りだしたのは、ナント【かき氷製造機】。

アレだ、ほら、テッペンにぐるぐる回すハンドルの付いている奴。

氷を入れて砕く、アリキタリな性能のもの。

分厚い毛布だとか、嵩張るモノばかり詰め込まれた鞄だったから、

全っ然、気が付かなかった。

っていうか、鞄の重さってコイツが原因だったのか?


「よし、それじゃぁ俺は行ってくる」


えっ、僕は?


「お前はココで待ってろ。荷物番だ」


はぁー!? 何のために僕がココまで来たと思ってんのさ!!

お前の手伝いをしに来たんだぞ!?


「あっ、それ、積分の嘘だから。

 たかがコレ運ぶために、お前が動くわけないだろ。

 だから それっぽい任務内容にして、お前に伝えたんだ」


………うそ。


「だってお前、良く考えてみろよ。

 たかが一つの秘密組織をぶっ潰すのに、

 どうして白昼夢の数論が二人も必要なんだよ」


いやだって、意外に手強い組織だったりするのかなぁ?って。

僕だって不思議に思わなくもなかったよ。

でもよっぽどヤリガイのある相手なんだ、きっとそうだ、と思ったわけよ。

っていうか、期待してた。スンゴイ。

最近、どうも弱い相手としか巡り会ってなかったし。

楽しみにしてたのに。


「じゃぁな、公約数」


まんまと、彼らの掌で踊らされた僕。

そんな奴を置き去りに公倍数は、かき氷製造機を片手に出て行った。

おそらく、地下市場に向かったのだ。


パタンッ、と、朝と同じように、扉が閉まる。


「――――――……ふっ」


ふ、ふふふ、ふふふふふ。

そうか、そういうことなら、こっちとしても考えがあるぞ。

覚悟しとけ公倍数。そして積分。

こんな形で僕を騙したことを、後悔させてやるからな!!





かくして、僕の雪国大作戦が始まった。

まずは、プランAから行こうと思う。

スタンダードにね。